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東京高等裁判所 平成6年(ネ)4848号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  原判決の引用

当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。

その理由は、次に述べるとおり付加、訂正するほかは、原判決の「第三 争点に対する判断」と同じであるから、その記載を引用する。

二1  不正競争防止法に基づく請求について

原判決二九頁三行目から三一頁二行目までの「一 不正競争防止法に基づく請求について(争点1)」の項を、次のとおりに改める。

「不正競争防止法二条一項一号、三条一項は、他人の周知営業表示と同一又は類似の営業表示を使用して他人の営業と混同を生じさせる行為を不正競争行為として禁止しているが、この混同行為を禁止しようとする趣旨は、周知営業表示に化体形成された信用の冒用を規制し、それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあり、ここにいう混同を生じさせる行為とは、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一営業主体と誤認させる行為(狭義の混同)のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為や、自己と右他人との間に同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存するものと誤信させる行為等(広義の混同)をも包含するものと解される(最高裁昭和五八年一〇月七日第二小法廷判決・民集三七巻八号一〇八二頁、同昭和五九年五月二九日第三小法廷判決・民集三八巻七号九二〇頁参照)。

控訴人は、被控訴人が都営地下鉄の駅名として「泉岳寺」という名称を使用することが、不正競争防止法二条一項一号の要件に該当すると主張するが、都営地下鉄事業は、地方公営企業法に基づき、地方公共団体である被控訴人が行う事業であって、被控訴人以外の者が行うことはできない事業であるから、控訴人のような宗教法人が都営地下鉄事業を行うことは法的にありえないことであり、仮に控訴人主張のように宗教法人としての控訴人の行う関連事業が同法二条一項一号の営業に当たる場合があるとしても、この控訴人の行う営業と被控訴人の行っている都営地下鉄事業とは明白に区別できる別種の営業とみられるものであるから、一般人が、被控訴人の本件駅名使用行為により泉岳寺駅の営業ないし都営地下鉄浅草線の地下鉄事業を控訴人ないしその関連企業による営業と誤認し、あるいは、控訴人と被控訴人とが営業上緊密な関係にある若しくは何らかの経済的、組織的関連があると誤認することは通常考えられず、したがって、「泉岳寺」との名称が著名であることを考慮に入れても、広義の混同を含め営業の混同を生ずるおそれがないことは明らかである。

控訴人は、一般人が、被控訴人による泉岳寺駅名称の使用について、控訴人側において何らかの明示又は黙示の許可、許諾があったものと誤信する可能性がある場合も、不正競争防止法にいう「混同」である旨主張するが、「駅名の使用」についての許諾があるものと誤認するおそれがあることが、直ちに控訴人と被控訴人との営業の混同をもたらすものとは解されないから、控訴人の右主張は理由がない。

さらに、控訴人は、現実の混同の事例として、間違い電話、荷物等の誤配、待合わせ場所等の混乱があった旨主張するほか、地下鉄の「泉岳寺」の駅名が駅所在地を示すものであり、当該所在地を控訴人所在地とを混同することがあれば、不正競争防止法の「混同」の要件は充足されたというべきである旨主張する。

しかし、駅の所在地を控訴人所在地と混同することが、同法二条一項一号の営業の混同ということはできず、本件全証拠によっても、右のような事例が、被控訴人の本件駅名使用行為によって、都営地下鉄浅草線の地下鉄事業や泉岳寺駅の営業主体が控訴人ないしその関連企業であると誤認されたり、控訴人と被控訴人とが営業上緊密な関係にある若しくは控訴人との間に業務上、組織上何らかの関連があると誤認されたことに起因して生じたものであることを認めるに足りる証拠はない。

よって、不正競争防止法に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。」

2  氏名権に基づく請求について

(一)  原判決三一頁末行冒頭から三二頁一〇行目末尾までを、次のとおりに改める。

「である(名誉権についての最大判昭和六一年六月一一日民集四〇巻四号八七二頁参照)。宗教法人の名称も、社会的にみれば、法人を他から識別し特定する機能を有し、同時に、当該法人が宗教法人として尊重される基礎であり、その宗教法人の人格的なものの象徴であって、法人について認めることができる個人的人格権の一つとして、これを自然人の氏名権に準ずるものとして保護されるべきものであるから、他人がその名称を無断で使用して、当該宗教法人の人格的利益を違法に侵害するものと認められるときは、人格権である自然人の氏名権に準ずる権利として、その侵害行為の差止めを求めることができると解すべきである。そして、この場合の名称使用行為の違法性については、他人が当該名称を使用した目的、名称使用行為の態様、当該宗教法人が被る損害、及び、差止めを認めることにより相手方が被る不利益等を全体的に考察して判断すべきである。」

(二)  原判決三四頁九行目の「公衆の便宜のために」から一一行目末尾までを、次のとおりに改める。

「「泉岳寺」という著名な歴史的仏閣としての名称が、それの存在する地域をも概括的に示し、いわばこれを象徴する名称として認識されていると認められ、被控訴人においても、この認識に基づき、公衆の便宜にために、本件の駅名として、「泉岳寺」を採用したものと推察される(被控訴人代表者)」。

(三)  同三五頁一行目から三七頁七行目の(二)項(「原告が被る損害」の項)を(三)項に訂正し、(二)項として、以下のとおり付加する。

「(二) 都営地下鉄浅草線泉岳寺駅の駅名決定までの経緯

(1) 昭和三二年九月三〇日付運輸省通達は、「一 都京都と京成電鉄株式会社及び京浜急行電鉄株式会社とは、押上・馬込間及び泉岳寺・品川間に新設される地下鉄高速鉄道を通じ、相互に列車を直通運転せしめること」等、起・終点として「泉岳寺」と通達している(乙三)。

(2) 昭和三七年八月二九日付建設省告示は、「東京都市計画高速鉄道」一号ないし八号線の路線告示であり、この中で一号線(現都営地下鉄浅草線)につき、経過地として「泉岳寺」を告示している。また、この建設省告示に従い、東京都庁において「東京都市計画高速鉄道」の関係図書の縦覧を行い、右建設省告示や各地下鉄路線図も縦覧に供された(乙四の1、2)。

(3) 東京都交通局において、昭和四一年六月の泉岳寺工区(大門~泉岳寺間)の着工に先立つ事前手続として、各駅の地元住民に対する説明会を開き、この説明会においては「仮称駅名」(開業前においては駅名は「仮称駅名」という。)を説明した。本件都営地下鉄浅草線に関しても、地元住民に対して工事関係の説明とともに、予定している駅名が「泉岳寺」であることをこの地元説明会において説明したが、駅名については特に異論はなかった(弁論の全趣旨)。

(4) 以上の経緯を経て「泉岳寺」という本件地下鉄駅の駅名が決定され、大門~泉岳寺間の開業にあたり、昭和四三年六月一八日付「東京都公報」において、交通局告示第三号として、都営地下鉄一号線の泉岳寺駅を含む各駅(一四駅)の名称及び所在地等が告示され、周知された(乙五)。

(5) 昭和四三年六月二一日に都営地下鉄一号線大門~泉岳寺間と京浜急行線品川~泉岳寺間が同時開業し、泉岳寺駅の駅名は、都営地下鉄及び京浜急行線の両方の駅名となるとともに、相互乗入をした京浜急行電鉄及び京成電鉄、更に連絡運輸をしている各鉄道において、この開業と同時に使用が開始され、現在に至っている(当事者間に争いがない。)。

(6) 以上のとおり、本件都営地下鉄浅草線は、戦後「東京都都市計画高速鉄道網」の一環として、昭和三〇年代の運輸省通達及び建設省告示によって具体化された路線であり、「泉岳寺」という名称は、この鉄道網計画の当初から「起・終点」の表示、あるいは「経過地」の表示として、公式文書において公式用語として用いられてきたものであるが、これらの「泉岳寺」という用語は、控訴人自体やその境内を指すものとして用いられるものではなく、控訴人の寺院名によって表象される同寺院を含む周辺地域ないし場所を示すものとして用いられているもの、すなわち、いずれも本件地域ないし場所を示す名称として用いられているものと解される。

(7) 控訴人からは、開業後三年間は何らの申出もなく、昭和四六年に至って始めて控訴人から泉岳寺駅に苦情の申出があったが、この時は「今後の電話対応には、必ず『駅』であることを明確に答えて混乱のないように注意する旨約束」ということで収まっていること、昭和五三年九月に至り、「泉岳寺」の名称が近隣マンションに無断で使用されていることを契機に、控訴人から泉岳寺駅に苦情の申出があり、名称変更は簡単にできないとしても「名称無断使用禁止」の広告又は掲示をしてもらいたいとの申し入れがあったこと、したがって、この時期に至るまでは控訴人からの駅名使用行為に対する明確な異議はなかった(甲四、乙二四、二五)。」

(四)  原判決三七頁八行目から三八頁四行目までを、以下のとおりに改める。

「(四) 本件駅名使用行為の差止めにより被控訴人等が被る不利益

「泉岳寺」の駅名は、既に長年にわたって多数の人々に親しまれ利用され、社会的に定着してきているものであるが(乙一、二)、仮にその駅名を変更するとなると、浅草線だけでなく、別紙記載の相互乗入線、連絡線(平成七年四月一日現在のもの)を利用する広範囲の者に影響を及ぼすだけでなく、被控訴人及び右各路線の各事業主体に対し、乗車券、定期券、駅案内標識、運賃標識等における「泉岳寺」駅名の表示の変更のためかなりの費用(約四億二〇〇〇万円)ないし労力の負担を及ぼすことは容易に予想されるところである。」

(五)  原判決三八頁五行目から三九頁一行目までを、以下のとおりに改める。

「3 以上によれば、宗教法人の名称は、当該法人が宗教法人として尊重される基礎であり、その宗教法人の人格的なものの象徴であって、法人について認めることができる個別的人格権の一つとして、これを自然人の氏名権に準ずるものとして保護されるべきであるから、本件のように宗教法人の名称を地方公営企業の鉄道の駅名に採用する場合であっても、その名称の採用については宗教法人の意向について十分配慮されなければならないというべきである。

しかし、本件の場合は、私人が他人の氏名を私利のために冒用した場合とは異なり、前示のとおり、公衆の便宜のために公共的存在である著名な寺院の名称を公共的な地方公営企業の鉄道の駅名として採用し、これを使用する場合であって、被控訴人の本件駅名使用行為には公益性が認められること、著名な宗教法人であれば、その名称は広く世人の承知しているところであり、控訴人が主張しているような駅名として使用されること自体によってその名称の著名性が希釈化されるということではなく、宗教法人としての控訴人の有する人格的利益が損なわれているとは認められないこと、また、前記のような本件駅名決定の経緯及び長期間にわたり控訴人からの明確な異論がなかったこと、及び、本件駅名使用行為を差止めることにより被控訴人等が被る不利益を全体的に考察すれば、被控訴人の本件駅名使用行為は、控訴人がその名称について持つ氏名権に準ずる個別的人格権を違法に侵害しているものと認めることはできないものといわざるをえず、したがって、控訴人の氏名権に基づく本件駅名使用行為の差止請求は認められない。」

三  以上によれば、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水 節)

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